何年か前、人間の「不動心」について、興味深い心理学的実験が行われました。
最近、座禅の修行を始めたばかりの若者と、長年、禅寺での修行を積んだ禅師の二人に、脳はの測定実験を行ったのです。
最初、二人同時に、座禅による瞑想状態に入ってもらい、その脳波を測定したところ、二人の脳波は、いずれも、整然とした「アルファ波」を示しました。
そこで、二人を驚かせるために、突如、大きな音を立てたところ、二人の脳波は、いずれも、大きく乱れた波形を示したのです。
結局、永年の厳しい修行を積んだ禅師も、決して「不動心」ではなかったのです。
しかし、実は、その後の二人の脳波が大きく違いました。
若者の脳波は、音が静まった後も、いつまでも乱れ続けたのですが、禅師の脳波は、すみやかに、もとの「アルファ波」の状態に戻ったのです。
この興味深い実験結果は、「不動心」の本当の意味を教えてくれます。
「不動心」とは、「決して乱れぬ心」のことではなく、「乱れ続けない心」のことなのです。
☆田坂広志著「自分であり続けるために」より
2012年2月17日金曜日
不動心の本当の意味
2012年1月29日日曜日
札幌市白石区役所
札幌市白石区で起きた「電気とガスが止められて40代の姉妹が凍死した事件」。
このブログでは、今まで個別の社会事件に関して書いたことはなかったが、さすがに今回は黙っている訳にはいかない。
みなさんは、このニュースを聞いてどう思われただろうか?
知的障害を持つ40歳の妹とその姉42歳。姉妹の両親はすでに他界しており、2人で必死に生きようと頑張ってきた。
頑張って妹を支えてきた姉が無職になり、生きるために白石区役所に生活保護を申請しようと3度も足を運んだが、役所が用意して彼女らに送るはずだった申請書さえ送られてこなかったという。
これはもう、白石区役所という名称を改めて、殺人区役所と呼ぶべきではないだろうか?
そして、「白石区役所」と「北電」と「ガス会社」の殺人トライアングルにも思える構図。
札幌でも昨日、この事件を受けて、障害者団体による緊急市民集会が開催されたようだが、このような事件が二度とあってはならない。
生前に姉は生活保護を受けたいと思い、何度も区役所へ出向きましたが、具体的な指示のないまま時が過ぎたようです。
そうこうする間に、家賃を始めとする入金不足から、電気・ガスなどが止められてしまいました。暖房が止められた極寒の部屋は、とても危険です。
姉の死後に、知的障害のある妹は助けを求めようとして、姉の携帯から何度も「111番」に電話していた履歴が残されていました。
ほんとうは「110番」に電話をしたかったのですが、最後の番号が違っていたのです。なんとも言えない悲しさを、これに感じます。
☆以上、「生きようとした姿は尊い(ブログ 伊勢白山道)」
より引用
☆関連ブログ
2011年9月16日金曜日
逆を知ることも大事
すっかりツイッターばかりで、ブログの更新頻度も月に1、2回のペースに落ち込んでいる。
しかし、「前に書いた時は、こんな季節だったんだなぁ」と季節の移り変わりを確認できるのはいいところだろうか(苦笑)
すっかり初秋というか、秋の気配が日に日に増してきている。残暑もあるが、朝晩と温度差が大きいので、体調管理には気をつけたい。
こうして久々に長文を書いていると、長文には長文の楽しさがあることに気づく。
「逆を知ることも大事」というように、ツイッターという140文字制限の短文とブログでは、長文と短文という点においては、逆のものである。
まあ、期待させるようなタイトルの割りに中身のないエントリーで申し訳ないような気もするが、この辺で‥(笑)
2011年6月4日土曜日
福沢諭吉集より
「商人の道 」
農民は連帯感に生きる。
商人は孤独を生甲斐にしなければならぬ。
總べては競争者である。
農民は安定を求める。
商人は不安定こそ利潤の源泉として、喜ばねばならぬ。
農民は安全を欲する。
商人は冒険を望まねばならぬ。
絶えず危険な世界を求めそこに、
飛込まぬ商人は利子生活者であり、隠居であるにすぎぬ。
農民は土着を喜ぶ。
大地に根を深くおろそうとする。
商人は何処からでも養分を吸い上げられる浮草でなければならぬ。
その故郷は住む所すべてである。
自分の墓所はこの全世界である。
先祖伝来の土地などと云う商人は、
一刻も早く算盤を捨てて鍬を取るべきである。
石橋をたたいて歩いてはならぬ。
人の作った道を用心して通るのは、
女子供と老人の仕事である。
我が歩む処そのものが道である。
他人の道は自分の道でないと云う事が商人の道である。